未知との遭遇

順送りとしてお年寄りを看取っていくことは自然な形であり、

死を身近なものとして感じることで命の尊さを学びます。

おばあちゃんと一緒に暮らすというは、

自然界で人間以外ではないそうです。

生物の一つの大きな使命というのは、

次の世代へ「生命」を繋げていくことです。

これはどの生物もそうですが、

人間以外はいわゆる雌が子供を産むとすぐ、

または二、三年のうちに母親(雌)は死んでいきます。

二世代(親子)までの同居、あるいは早い時期でのひとり立ちが基本です。

おばあちゃんが居るということは、

出産時の経験を語り継ぐことができます。

この経験則は出産というリスクの高い行動においてとても重要なことなのです。

我々は未知の事に出会った時、不安を持ちます。

自我が芽生えてさまざまの事に出会い、対応に苦慮します。

特に思春期に体験する様々なことは、

その後の人生を左右すると感じるぐらい大きなことだと感じます。

(後で振り返ると他愛のないことも結構多いのですが・・・)

特に他者との関わり合いで悩むことが多い。

同性はもちろん異性との関わり合いが出てくるから又、

悩みが複雑になってきます。

よく「あの人は何を考えているか解らない」という言葉を聞きます。

人の心はいくつになっても、全て分かるものではありません。

他者との関係で悩むことが多く、

そんな時は「解らない事が有るということが、

解っただけでもめっけもんだよ」ってアドバイスをします。

「解る事しかできない、しない」とか

「見えるものしか信じない」というようになったら、

本当にがんじがらめになってしまいます。

解らないから、

解らないからこそやってみる価値があるものも有ります。

そして一つずつ体験して、失敗して傷ついて、

覚えていく事がたくさんあるはずです。

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