エッセイ集『風に吹かれて』メニュー

 

価値観 北風と太陽 自然 それにつけても人それぞれ
趣味 タブローはタイムマシン リセット 裏方
声帯と整体 言葉の力 2倍速
熱帯魚 前兆 自信 潜在能力
原動力 季節感 後押し 広告
お婆ちゃんの知恵袋 おばちゃん話 祈り トラウマ
アマチュア選手 イメージ ルール違反 内動

 

 

自信

 

 今、「世界水泳バルセロナ2003」を見ている。日本選手が頑張っている、メダル
ラッシュである。こんなところでナショナリズムを出すつもりは無いが、やっぱり
「日本頑張れ!」と応援してしまう。「日の丸」が揚がって「君が代」が流れると
目頭が熱くなる。

 ずっと武道をやっているせいか、チームプレーより個人競技に興味を持っている。
水泳もつい見てしまうし、陸上も好きだ。マラソンも見始めるとずっ〜と見てしま
う。

 スポーツと言えば今、阪神が猛烈に強い。私は特に何処のファンでもなく、その
時々の状況で楽しんでる。今は毎日阪神タイガースの結果を見るのが、日課になっ
ている。サッカーにしても夜中にやっていたフランスワールドカップも、結局ほと
んど見ていた。なんか今スポーツが熱い。

 今回世界水泳で気になったことが一つある。解説と実況の盛り上がり方だ。これ
の是非は各自の判断に任すが、私はあんまり好きではない。レース前に色々な情報
を提供してくれるのはありがたいが、レース中の過度の形容詞を使った実況はいた
だけない。勿論あの実況によって、レースをとても面白く見ている方も、居られる
とは思う。でも私は「ちょっと」である。

 昔、ラジオの時代では競技の状態が、聴取者には見えないので、細かい描写も必
要だと思う。しかしテレビはリアルタイムで見ている、それに対して過度の形容詞
は不必要ではないかと思う。たとえば「一人水力発電」とか「浪速のど根性娘」と
か。アスリートに対するイメージは、各個人が持てばいいもので、それをテレビと
いう強力なメディアで連呼されるのはしんどい。

 テレビ局も大会全体を盛り上げようと、頑張っていると思うが「ちょっと路線が
違うのではないか」と思うのは私だけだろうか。特にスタジオの解説者に選ばれて
いる(元)アスリートたちが、叫び声を上げているのは止めてほしいと思う。会場の
応援者が競技場の「場」を共有して、盛り上がるのは大いに結構だと思うし、楽し
めばいいと思う。

 会場でなくても家族や友達が、集まって歓声を上げるのはOKである。しかしその
一つの楽しみ方を、テレビで一方的に見せつけられるのは嫌である。「このラーメ
ン美味しいから食べてみろよ」と言って口に押し込まれている感じがする。

 人はみな違う感覚を持っているし、信条や考え方も違う。だから私はこの押し付
けが一番嫌いだ。人と同じと言うことに抵抗感を感じる。今の若い人は周りと違う
と不安になるとよく言われる、ファッションにしても考え方にしても「人と違う」
ということが苦手らしい。スポーツの楽しみ方まで、お膳立てが必要になったのだ
ろうか・・・。

 仕事柄アスリートの身体に目が行ってしまう。鍛えられた筋肉の素晴らしさは勿
論だか、トップアスリートは顔の歪みが少ない。「身体の歪みイコール病気」とい
う公式は持っていないが、結局トップアスリートになるには、努力も精神力も必要
だが持って生まれた、バランスの良い身体というのも必要な気がする。

 健康塾のクライアントにも、プロの競技者やアマチュアの競技選手もいる。特に
回転軸を必要とする競技(野球・ゴルフ・ダンス・武道)などは、修軸調整をすると
パフォーマンスが上がる。やっぱり身体の歪みを修正する事は大切である。その究
極がトップアスリートの身体なのだろう。

 アスリートの歪みはオーバーユースに由来するものも多いが、メンタルな部分か
らの歪みも結構ある。今回の世界水泳で競技後に、日本人選手のインタビューをし
てくれている。みんな若いがしっかりした答えをしている。やっぱりオーラが出て
ると思う。

 よく「自信」が有るとか、無いとか言う。これは世界大会でなくても、学校の運
動会やテストなどでも使う言葉である。私はこの使い方は間違ってると思う。自信
と言うのは「自分を信じる」ということであるから、「持つ」と言うのが正しい使
い方ではないかと考えている。「有る、無い」というのは受動的で、何か与えられ
るものを待っているイメージがする。「持つ、持たない」は能動的で、自分の歩ん
できた道へのエールだと思う。

 平泳ぎ100m・200mの両種目で世界新と金メダルを取った、北島選手がインタビュー
で「自分を信じる。やってきた練習を信じてる」と言うコメントをした。これはなか
なか言えない事である。そして結果を出した。

「北島選手ガンバレ! 日本ガンバレ!」って思わず叫んでしまった。(心の中で)

 ただし一等賞になった人が偉く、ビリがダメと言っているのではない。人それぞ
れ得意分野がある。自分を生かせる分野に出逢えた(見つけられた)人は幸せだ。

 今、小学校では運動会で順位をつけないところが増えている。私たちの子供の頃
は一等、二等・・・と賞品が出た。今は順位をつけるとダメだそうだ。でも「勉強
は苦手でも走るのは得意」という人がいてもいいと思う。各個人の資質を100%生か
す教育は、どうやらされていないみたいである。画一的な基準で評価したほうが都
合がいいのだろう。運動会で順位をつけることはダメといいながら、勉強では偏差
値で人を判断している。これは矛盾ではないだろうか。

 私は小・中学校の時、走るのが遅く徒競走はほとんどビリだった。中学校の時、
障害物競走で一回だけ、二等賞を取ったことがある。スタート時点ではビリであっ
たが、マットや網くぐりで、後から走って行ったので隙間が空いていて、何故か勝
ててしまった。自分でも不思議だった。

 それからその事がきっかけで「全てに自信を持つ事ができるようになって、前向
きに生きていけるようになった」と言えばカッコいいが、それだけで人生が変わる
ほど甘くは無かった。

 

 

価値観 北風と太陽 自然 それにつけても人それぞれ
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